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8話 冷めた心と、消えない絆

Author: みみっく
last update Last Updated: 2025-10-22 06:00:29

 俺の言葉は、まるで氷の刃のように冷たかっただろう。だが、こうでもしなければ、俺の心がまた彼女に揺れてしまうのが怖かった。一度突き放すと決めたんだ。もう、後戻りはできない。

「……そんなこと、しない!ちょっと、憧れてただけなの。もう……懲りたし」

 カオルは、俺の言葉に、必死に食い下がるように反論してきた。その声は、泣き出しそうなほどに震えている。

「やっぱり……一緒にいて気を遣わなくて、楽しく過ごせる人と一緒がいいって……」

 その言葉は、俺の告白を断った時とは真逆だった。俺は、その矛盾に、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。俺がずっと彼女に言い続けてきた言葉と、全く同じだ。彼女は、遠回りをして、結局俺と同じ場所に辿り着いたのだろうか。そう思うと、少しだけ、心が複雑な感情で満たされていくのを感じた。

「頑張って探してくれな。俺は、優しい彼女を探してるからさ」

 俺は、そう言って、今度こそ本当にカオルに背を向けた。もう、これ以上話しても無駄だ。そう思ったからだ。俺の心は、もうボロボロだった。彼女の言葉に、一瞬揺らいだ感情も、再び突き刺さるような痛みに変わっていく。

 俺の言葉に、カオルは立ち止まり、俯いたまま動かなくなった。その姿は、まるで全身から力が抜け落ちてしまったかのようだった。俺は、一度も振り返らなかった。

 ただ前だけを見て、一歩、また一歩と歩き続ける。アスファルトを踏みしめる俺の足音だけが、やけに大きく響いていた。冷たい風が頬をかすめていく。その冷たさが、俺の心に染み渡るようだった。もう二度と、彼女の声に耳を傾けることはないだろう。そう心に誓いながら、俺は一人、帰り道を急いだ。

 翌日、学校はカオルの噂で持ちきりだった。俺が登校すると、あちこちからひそひそ声が聞こえてくる。まるで、校内に霧のように立ち込めた噂話が、俺の耳にだけはっきりと届いているかのようだった。

「また校舎裏でエッチしてたらしいよ!」

「誰とでもヤらせてくれるらしいぞ!」

 そんな下卑た噂が、まるで伝染病のように、あっという間に学校中に広まっていた。生徒たちの好奇と嘲笑の視線が、チクチクと俺に突き刺さる。カオルと長年隣にいた俺は、その噂話の当事者ではないにも関わらず、まるで共犯者であるかのように扱われているのを感じた。俺が昨日、カオルを突き放したことが、この状況を加速させてしまったのではないかという罪悪感が、心の奥底でチリチリと燃え上がる。俺は、何も見ていない、何も知らない、という顔をして、ひたすら前だけを見て歩いた。

 そして、ついにクラスの男子が、俺に直接話しかけてきた。

「なあ、やっぱりお前もカオルと仲が良かったから……やってたのか?」

 俺の心臓は、ドクンと嫌な音を立てた。全身の血の気が引いていくのがわかる。まるで、俺もその噂話の渦中に引きずり込まれたかのような、どうしようもない不快感が胸に広がった。

「は? そんな訳ねーだろ!」

 俺は、思わず大声で否定していた。カオルを巡る下卑た噂話にも、目の前の男子の心無い言葉にも、心底うんざりしていた。それはカオルに対する怒りや悲しみとは違う、ただただ、この状況そのものに対する純粋な嫌悪だった。

 そんな時、クラスの男子が自分の席に座っていたカオルに、馴れ馴れしく話しかけているのが見えた。普段はカオルに話しかけることなどない、軽薄な態度を装った男子だった。

「なぁ、俺と付き合わね? 飯おごってやるから、一緒に帰ろーぜ!」

 その言葉に、カオルは顔を伏せたまま、冷たく言い放つ。

「はぁ? なんで? 付き合うわけないでしょ!」

「なんでだよ。誰とでもヤらせてくれるんだろ? 校舎裏でヤってたんだろ?」

 その下品な言葉に、クラス中の視線がカオルに集中する。教室は水を打ったように静まり返り、張り詰めた嫌な空気が漂い始めた。俺は、ただその光景を、息を詰めて見つめることしかできなかった。俺の頭の中は、真っ白になっていた。助けてやりたい、という気持ちと、俺には関係ない、という冷めた気持ちが激しくぶつかり合っていた。

 カオル本人は、まさかそんな噂が広まっているとは知らなかったのだろう。その事実を目の前で突きつけられ、彼女は真っ赤になった顔を俯かせ、潤んだ瞳に苦痛の色を浮かべていた。その顔は、今にも泣き出してしまいそうだった。そして、耐えきれなくなったのか、何も言わずに席を立ち、足早に教室から出て行った。

 その場に残された俺は、信じられない思いで、言葉を発した男子を睨みつけた。

「お前……言いすぎだろ」

 呆れと怒りが入り混じった声だった。俺の言葉に、男子は少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。教室は再び静まり返り、嫌な沈黙が流れていた。俺は、さっきまで感じていたカオルへの不快な気持ちが、どこかへ消え去ってしまったのを感じた。それよりも、かつて仲が良かった幼馴染が、クラスの男子に侮辱され、泣きそうな顔で逃げ出してしまったという現実が、俺の心を深く揺さぶっていた。

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